フランスに学ぶアートな暮らし−9〜杉浦岳史さん(パリ在住ライター)
芸術の都、パリの人々はどんな風にアートを楽しんでいるのでしょうか?
今回はアートな建築についてです。
パリのアートな建築
芸術の都だけに、アートと呼べる建築も数々。彫刻や歴史的建築をのぞくとパリではアール・ヌーヴォー建築が有名です。美しい植物や昆虫にインスピレーションを得た曲線的デザインが特徴のアール・ヌーヴォー。ガラス工芸のエミール・ガレなどいわゆるナンシー派と呼ばれる作家は日本でもよく知られていますが、パリではこの時代の建築が街にかなり異彩を放っています。パリに来たことのある方ならおそらくご存じのメトロの入口。エクトール・ギマールという、アール・ヌーヴォーの旗手となった建築家による1900年頃の作品ですが、かなり虫っぽいです。またパリ市の西側16区のあたりは、このスタイルのアート建築が集中的に見られるところ。ちょうどデザインの歴史でいえば、「アール・トータル(トータル・アート)」という考え方が言われはじめた時代。建築意匠から室内装飾、家具まで全体として統一をもたせようということで、アール・ヌーヴォーの世界観はそのすべてにおよんでいました。
(左上)ギマールによってデザインされたメトロの入口 (右上)アール・ヌーヴォーの代表的作家エクトール・ギマールの建築カステル・ベランジェ (下)ストリートのサインもこの通り
建築の歴史をながめる
イギリスのアーツ・アンド・クラフトをベースに、19世紀末にベルギーやフランスで始まり、あっという間にヨーロッパ中を席巻したアール・ヌーヴォーでしたが、その後アール・デコなどにとって変わられ、パリのギマール建築人気も「費用がかかる」「装飾的すぎる」という理由からこれまた急速に力を失います。パリ16区の「アール・ヌーヴォー街」ともいうべき地区には、建築家ル・コルビュジエによるラ・ロシュ=ジャン・ヌレ邸(1924年完成、現在はル・コルビュジエ財団事務所)がありますが、シンプルで直線的なスタイルはアール・ヌーヴォーとは対照的。時代の大きな変化が、ここでは手にとるようにわかります。
街に溶けこむ現代建築
大規模な再開発がしづらいパリ市内でも、現代建築の面白い例があちらこちらで見られます。代表的なのはセーヌ河岸のケ・ブランリー美術館(2006年)や新国立図書館(1994年)、シテ・ド・ラ・ヴィレッジ(1995年)など。多少突飛な建築があっても、全体として景観の美しさが保たれているのはなぜでしょうか。パリの中心部は「ルーブル宮から凱旋門まで」など歴史的建築の美しく見えるポイントを指定し、そこから視野に入る景観をまるごと守るという規制があり、建物の高さなどに制限があります。建物だけを保護するのでなく、周辺の風景そのものを保護する・・・こうした姿勢は、美しさとは何かということをよく知っているフランスならではなのかもしれません。
建築家ジャン・ヌーヴェルによるケ・ブランリー美術館
杉浦岳史さん
東京で広告ライター、ディレクターとして活動ののち2009年に渡仏。現在パリの高等学院IESAに在籍し、美術史、アートマネジメントやアートマーケットを学びつつ、執筆活動をつづける。
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