震災発生後のいま、伝えたいことその3〜島田雅彦さん(作家)
作家の島田雅彦さんに「震災発生後のいま、伝えたいこと」についてお話をうかがいます。
今回は「詩」についてです。
震災発生後のいま、伝えたいこと その3 詩
言葉というのはしばしば毒にもなり薬にもなります。しばしば言葉が信頼や絆を断ち切るように働く場合もあります。言葉の健全な機能というのは嘘をつかない、情報を正しく伝えるということ。そのことによって安心を得られるということ。詩とか小説とか、音楽とか演劇とかそうしたアートというのは人の喜怒哀楽を刺激して、非常に健全な心の働きにもっていける、傷ついた人を多少慰める薬の役割も果たせます。そして詩というのは人を結びつける強い力をもっています。
言葉というのはしばしば毒にもなり薬にもなります。たとえば昨今、放射線の被害に関して誰もが素人ということもあって、必ずしも正しく理解していないことから恐怖心が芽生え、恐怖心がつもりつもってデマになってしまったりします。あるいは恐れるあまり風評被害というものもあります。これは言葉の災いで、言葉による二次災害ですね。だからしばしば言葉が信頼とか絆を断ち切るように働く場合もあります。しかし、どこかで「それはデマなんだよ」「それは嘘なんだ、根拠のない風評に過ぎない」ということで、いつも正していかなければいけない。言葉の健全な機能というのは嘘をつかない、情報を正しく伝えるということ。そのことによって安心を得られるということ。こういう言葉のもうひとつの機能を随時補ってやらないといけないんですね。
私も、言葉を生業とするものとして、しばしば詩を書いたりとか小説を書いたりとかやっていますけれど、はっきりいって水とか食料とかと違って、なくてもいいものです。たとえば専門知識とか技術とかいうものを持っていて、人を助けなきゃいけない場合、優先順位があるわけですよね。あるいは逆にたとえば探検隊のなかに入れてもらえるとしたら、詩人は最後のほうでしょう。やっぱりその前にたとえば医療の技術があるとかね、戦士としてすぐれているとか、無線ができるとか、船の操縦ができるとか、そういう技術者たちが乗り込んで、次においしいものが食べたいからといって料理人をのせようとか、という順序でいくと、探検隊に入れる順序でいくと、詩人とか小説家とかは最後だ、乗っていなくてもいい、とは思うんですよ。災害救助の場でも最後でいいよということになるかもしれません。
ただ、詩とか小説とか、音楽とか演劇とかそうしたアートというのは人の喜怒哀楽を刺激して、非常に健全な心の働きにもっていける、傷ついた人を多少慰める薬の役割も果たせるんですね。だから、その言葉というのがどこかで役に立つ、むしろある言葉を使うことによって人が慰められたりとか、その人に笑いを取り戻させたりとかっていうそういう効能があります。憂国の士の絶叫とかネットを通じた怒りの告発よりも、場合によってはある誌のほうが、ユーモアにあふれる冗談のほうが、有効ということもあろうかと思います。
はっきりいって詩というジャンル、これは現代の日本ではかなりマイナーなジャンルになってしまったかもしれない。詩集を出してもほとんど売れませんからね。だけど考えてみるとカラオケにはみんな行きますよね。歌うとすっきりしたりするし、歌詞が画面に出てくると、結構いいことを歌ってたりするんですね。思い出にひたったりとか、ふと安心したりする機能もあるわけで、こういうことを含めて考えると、詩はものすごく身近にあるんですね。コマーシャルで昔の詩の一説が使われたりすると、急にその詩集が売れたりしてね。ほとんど絶版状態だったのに。金子みすず詩集、だれも読まなかったのに。ああいうきっかけで詩はいいものだ、案外心に届いていると気づくんでしょうね。
それに詩というのは人と人をつなげる絆にもなります。昔から求愛をするときに、人に自分の愛を伝えるために、技巧をこらした歌をよみ、それをプレゼントした。その歌のなかに、相手の思いがコンパクトに表現されていますから。それを受け止めて、布団に迎えいれてもいいかなというふうになるわけで、歌がうまくないともてなかったんですよ、昔は。今は詩人だといって自己紹介して急にもてることはないでしょうけど。シンガーソングライターはそこそこもてますよね、バンドをやっているとかね。昔もてた詩人、歌人の栄光はまわりまわってミュージシャンにたどりついている。それにそのミュージシャンというのはメッセンジャーでね、ビートとかリズムとかにのせて伝播力の強いメッセージの発信者になります。今回の震災のあとの救援支援の動きでもミュージシャンがいちばん早かったですね。僕の知るところではレディーガガがいちばん早かった。その後も各地でチャリティーコンサートが行われていますね。いま、あまりCDが売れないからチャリティーコンサートをしてそこで寄付を募るとかですね、ライブの音源を売って、寄付するとかね、そういうような動きが一番早かったですね。音楽、そして詩というのは人を結びつける強い力があります。(談)
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島田雅彦さん
Masahiko Shimada
作家。1961年東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。在学中の1983年『優しいサヨクのための嬉遊曲』で小説家デビュー。主な作品に『彼岸先生』(泉鏡花文学賞)、『僕は模造人間』、『自由死刑』、『退廃姉妹』(伊藤整文学賞)などがある。オペラ台本にはオペラ『忠臣蔵』、『Jr.バタフライ』がある。文芸家協会理事。法政大学国際文化学部教授。東日本大震災の復興支援として、「復興書店」をたちあげる。
復興書店
「優先順位からすると本とか言葉はあとからついてくるもので、だからこそこの支援活動は急を要するわけではないけれども、息が長くなければいけないという性質のものです。また、心のダメージというのは、おいしいものを食べたから治るわけじゃないし、薬で治せるわけじゃないし、長くかかると思うんですよね。だからゆっくり効く言葉の薬を処方し続ける感じでやりたいと思います」
http://www.fukkoshoten.com